自分しか知らない私
他人の裏の顔なんて知ることはできません。
他人に対してのたてまえはあるし、他人には見せられない姿というのもあります。
ただ、「たてまえ」と「うそ」は別物だなって最近つくづく思います。「うそ」は他人を裏切る行為だからです。時として「思いやりからのうそも必要」とは言われますが、それもなんだか違和感があります。そんなときはわざわざ「うそ」を使わなくても、黙って「無」に徹していればいいような気がします。
歳をとる毎に、その人となりは、全体からにじみ出てしまうと言う事を実感しています。
とりつくろっていても、言動・行動・しぐさ・雰囲気で身体全体からバレてしまっています。
なので、今は他人から良く見られようと「とりつくろう事」をしないように努力しています。
そして、とりつくろわなくてはいけないくらい価値観が合わない人とは、距離を置くようにしました。
化粧も大事、服装も大事、だけれども自分が一番必要とするのは、自信が持てる中身です。
だから、50代に入ってからは、勉学に励んだり、絵を描いたり、価値観の合う人とお話をしたりすることに重きを置くようになりました。
自分を良く見せようと、他人に見せる自分をウソで固めるほど、歳を重ねる度に息切れしていきます。
取り返しがつかなくなる前に、「もう自分を認めよう」って目を覚ます必要があります。
身近な「嘘」の数々( *´艸`)
自分を良く見せようと思うのは当たり前のことですが、自分が自分を見失うほど「嘘」をついてはいけません。
たとえば・・
「ひときわ目立つ甲高い声」の持ち主の女性。ふとした咳払いが、すごく低くて貫禄があるおっさんだった時。もしかしてずっと声作っている?。本心がわかりづらすぎて親しくなれない。
喫煙者だという事をひた隠しにしている女性。飲み会などで陰で吸っている所を見られて口止めを強要していた事実が、じわっとバレている。(喫煙はマナーさえ守れば悪い行為ではありません。他人に強要をするという人格が問題です。)
お酒を飲むと本性が出るから・・
私はずっとお酒が強いと思っていましたが・・。
お酒が飲めるというだけで、決して強くはないようです。
大丈夫と思っていても、お開きになった後どうやって帰り着いたか記憶がない事があります。
気をつけてはいても、ついつい勧められて・・というパターンが年に3回くらいあります。
その翌朝は、最悪な気分で目が覚めます。
「あ~またやってしまった~」
昔、不満だらけで生活していた頃は、お酒が入ると愚痴や他人へ暴言を発していた事がありました。
お酒が入ると普段隠している私が顔を出すのです。それもとても性格の悪い私が・・・。
不満だらけの私をどうにかしない事には、また他人を傷つけてしまう・・・(>_<)
だから、今でも、記憶をなくすという事ほど、私にとっての恐怖はありません。
内面を充実させて、本心から優しい思いやりのある人格になること以外、これの対処法はありません。
万が一、記憶をなくしたとしても、他人を傷つけない性格を手にするしかないのです。
これは、これからの私の一生の課題です。
だから、毎日自分の機嫌をとる生活をしていきましょう。
良い人が「うそ」ではなくて、「本当」になり切るまで精進していきましょう。٩( ”ω” )و
その前に、記憶をなくすぐらいお酒を飲む方を止めましょう!という事も分かっております(>_<)
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